ドラマ『チェルノブイリ』の感想!あの事故の怖い真実を知らずに原発の賛否を語るなかれ

原発作業用の防護服 環境系映画レビュー
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テレビドラマシリーズ「チェルノブイリ」(2019年米英合作、原題「Chernobyl」)を観たのでその感想を。

「チェルノブイリ」は、1986年に起こったチェルノブイリ原子力発電所事故を、実話をベースに映像化したものです。オリジナルの放送は2019年5月から6月。日本では、9月25日よりスターチャンネルで放送されました。現在は、AmazonPrimeで視聴することができます。

なんというか、日本でも「再エネは不安定!脱炭素だから火力はだめ!そこでクリーンで安定している原子力発電の出番ですよ」という流れが強まってきたような気がする今日この頃、いろいろと考えさせられましたので紹介します。

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ドラマ「チェルノブイリ」とは

「チェルノブイリ」は、米国のケーブルテレビ局HBOと、英国のメディア企業「SkyUK」により製作され、2019年に放送された全5回のテレビドラマシリーズです。なお、HBOは「ゲーム・オブ・スローンズ」「トゥルー・ディテクティブ」などの作品で知られる会社です。

このドラマは、1986年4月26日、旧ソ連(現ウクライナ)で発生したチェルノブイリ原子力発電所事故を、事故対応にあたった科学者・レガソフ博士と、図らずも博士の相棒となってしまった政府のシチェルビナ議長、二人の協力者であるホミュック博士の奮闘を中心に描いたもの。

あわせて描かれるのは、事故を隠蔽しようとする原発の責任者たちとソビエト政府、避難を余儀なくされた近隣住民、危険を知らされずに消火に駆り出された消防士、その治療にあたった病院関係者、事故後のがれきの撤去や周辺の除染作業に駆り出された一般市民の姿です。

ドラマ「チェルノブイリ」のキャスト

登場人物は、ほぼ実在の人物。当時、ソ連のリーダーだったゴルバチョフ書記長も登場します。

主な登場人物 俳優 役割や肩書
ヴァレリー・レガソフ ジャレッド・ハリス 核物理学者。原子力発電所事故の調査委員会責任者
ボリス・シチェルビナ ステラン・スカルスガルド ソ連閣僚会議の副議長。エネルギー部門の責任者
ウラナ・ホミュック※ エミリー・ワトソン 核物理学者。レガソフ博士と副議長の協力者
ヴィクトル・ブリュハノフ コン・オニール チェルノブイリ原発の所長
ニコライ・フォーミン エイドリアン・ローリンズ チェルノブイリ原発の技師長
アナトリー・ディアトロフ ポール・リッター 事故当日に原子炉の実験を指揮した副技師長
ミハイル・ゴルバチョフ デヴィッド・デンシック ソビエト連邦共産党書記長
チャルコフ アラン・ウィリアムズ KGB第一副議長
ワシリー・イグナテンコ アダム・ナガイティス 事故直後の消火にあたったプリピャチの消防士
リュドミラ・イグナテンコ ジェシー・バックリー ワシリーの妻。当時妊娠中
アレクサンドル・アキーモフ サム・トラウトン 事故当日の原子炉運転当直の班長
レオニード・トプトゥーノフ ロバート・エムズ 事故当日の原子炉運転当直だった技師
ウラジーミル・ピカロフ マーク・ルイス・ジョーンズ ソ連軍化学部隊の大将
アンドレイ・グルホフ アレックス・ファーンズ 炭鉱の棟梁。原子炉地下へのトンネル掘削に従事
パベル・グレモフ バリー・コーガン 汚染区域の動物の駆除を命じられた若者

※メインキャストのうち、エミリー・ワトソン演ずるホミュック博士だけは、実在の科学者何人かを組み合わせたという架空の人物です。

あらすじに代えて—チェルノブイリ事故の時系列まとめ

あらすじは、ほぼ史実に沿っているため、次の項目では実際の事故の顛末をご紹介します(敬称略。主にWikipedia「チェルノブイリ原子力発電所事故」「ヴァレリー・レガソフ」を参考にしています)。

1986年4月26日午前1時23分(モスクワ標準時)
チェルノブイリ原子力発電所の4号炉が爆発し火災が発生しました。14EBq(エクサベクレル)の放射性物質が大気中に放出。4号炉は保守点検に向けて原子炉を止める作業中で、その機会を利用して試験を行っているところでした。その日のうちに周辺火災は鎮火しましたが、原子炉内では火災が続きます。

1986年4月27日
原子炉を消火し、核分裂を抑制するための作業を開始。ホウ酸、石灰、鉛、粘土、砂などを炉内へ投下しました。一方、発電所に近いプリピャチから住民の避難が始まったのはこの日の昼頃。事故発生から約30時間後のことでした。

1986年4月28日
スウェーデンで放射性物質が検出され、スウェーデン政府からソ連政府に「おたく、原発事故とか起こってない?」という問い合わせがきます。ソ連政府はしらばっくれようとしましたが、「じゃあIAEAに報告するわ」と言われ、しぶしぶ認めることに。

1986年5月2日
核燃料の崩壊熱と制御棒棒の火災熱により、一度は下がっていた炉内の温度が再び上昇。プリピャチ以外の地域でも住民の避難が始まります。

1986年5月3日以降
溶けだした燃料が水分に接触すると水蒸気爆発の可能性があるため、地下のサプレッションプールから水抜き作業を開始。また、溶けた燃料を冷却するため、原子炉の下に液体窒素を注入する作業も行われました。

1986年5月10日
事故当日、原子炉運転当直の班長だったアキーモフが5月10日に死亡。最期まで「私は指示の通りすべての操作を正しく行った。何も間違ってはいなかったはずなのに」と言い続けていたといいます。

1986年5月14日
同じく事故発生時に当直で、アキーモフとともに原子炉の操作にあたっていた技師のトプテゥノフが死亡。

1986年6月
4号炉を封じ込める「石棺」の建設開始。

1986年8月
石棺が屋根をのせる前という段階まで完成。ここで、同じ敷地内の3号炉の屋上に飛び散ったままの核燃料や制御棒の破片も、石棺に投げ入れることにしました。しかしこの作業が難航。当初はロボットを使うことにしたのですが、線量が高いところではロボットは使い物になりません。

一方同じ頃、ソ連政府は国際原子力機関(IAEA)に報告書を提出しました。ここでは事故の原因は、運転員による「きわめて信じ難いような規則違反の数々の組み合わせ」とされました。ブリュハノフ所長、フォーミン技師長、ディアトロフ副技師長は、資格をはく奪されて失脚。のちに安全規則違反で刑事裁判にかけられ、禁固10年を宣告、労働収容所に収監されました。

1986年9月
そこで、人力での破片の撤去作業が始まります。線量がとても高いので、作業員は防護服着用の上、ストップウォッチで時間を計りながら屋上のがれきを石棺内に投げ入れました。

1986年10月
3号炉の屋上の撤去作業が完了。石棺の屋根を乗せる作業を再開。

1986年11月
石棺が完成。なお、耐用年数は30年とされています。

1987年8月
レガソフ博士がIAEA本部で開かれた、チェルノブイリ事故検討専門家会議にソ連代表として出席。

1988年4月27日
レガソフ博士が自宅で遺体で発見されました。状況により自殺と認定。現場には一本の録音テープが残されていたといいます。

また博士は死の直前、ソ連共産党機関紙 「プラウダ」 の科学担当記者グーバレフあてに、告発メモを残しました。メモにはソ連の最高機密であった事故の真相が含まれていました。

「チェルノブイリ」を見た感想

以上、ドラマ「チェルノブイリ」の作品紹介と、実際のチェルノブイリ原子力発電所事故にまつわる出来事の時系列まとめでした。

ドラマ視聴直後の感想は、原子炉のような一度暴走を始めたら取り返しのつかなくなるものを、人間に任せるなんて恐ろしいことよなあというもの。

この場合の「人間」というのは、名誉欲にかられていていたり、保身に走ったり、「面倒くせえなあ」と思うことがあったり、という存在と、その集合である国家です。

チェルノブイリの事故から36年が経とうとしています。その間、日本でも1999年の東海村(とうかいむら)JCO臨界事故や、2011年の福島第一原子力発電所の事故があり、技術や安全に対する意識は高まったのではないかと信じたいのですが、そのへんの人間の性根を排した運用ができるのかどうか。

脱炭素の流れにもかなう安定した電源として、一部で原子力発電を推す声が高まっているようですが、ちょっと落ち着いて負の側面にも目を向けてみる必要があるんじゃないかと思った次第です。

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