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民主政治における言葉の重要性を理解しない政治家に日本を任せられるか?

ゴシップ的日本語論 コミュニケーション
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丸谷才一「ゴシップ的日本語論」(文芸春秋)を読んだのでその感想を。

大岡玲さんの書評集「一冊に名著一〇〇冊がギュッと詰まった凄い本」で紹介されていたので、手に取ってみました。2001年から2004年までの丸谷才一氏の講演、対談、座談会などを収録した本です。

目次です。


日本語があぶない 「文藝春秋」2004年5月号
ゴシップ的日本語論 「文學界」2003年9月号(2003年7月10日の講演に加筆)

文学は言葉で作る 「小説トリッパー」2001年12月号(2001年10月28日の講演に加筆)
折口的日本文学史の成立 「すばる」2004年2月号(2003年11月15日の講演に加筆)
泉鏡花の位置(2003年11月14日の第31回泉鏡花文学賞授賞式における挨拶に加筆)
人間の時間といふものを(2004年1月28日の2003年度朝日賞贈呈式における挨拶に加筆)

男と女が合作する小説 「すばる」2003年9月号(瀬戸内寂聴との対談)
新しい歌舞伎の時代 「東京人」2002年7月号(中村勘九郎との対談)
思想書を読もう 「文藝春秋臨時増刊」2003年12月号(木田元・三浦雅士との座談会)
あとがき

あとがきに、

とりわけ巻頭の日本語論二篇は力がこもってゐて、まあわたしなりの憂国の論であります。

とありますので、ここでは書籍のタイトルともなっている「ゴシップ的日本語論」を紹介します。

「ゴシップ」とは、興味本位のうわさ話という意味です。タイトルからは軽い内容が想像されるのですが、さて「憂国の論」とはこれいかに?

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日本語ブームはなぜ起こるのか

「ゴシップ的日本語論」は、「近頃は第三次日本語ブームなどと言ひまして…」というフレーズから始まります。

言及はされていませんが、斎藤孝さんの「声に出して読みたい日本語」が2001年ですから、そのあたりの流れを言っているのでしょう。「ゴシップ的日本語論」は、2003年の丸谷さんの講演を書き起こしたものです(旧仮名遣いなので混乱しますが、わりと新しい著作なのです)。

丸谷さんは、日本語ブームが起こる原因をこう分析します。

このへんの所を考へますと、やはり現代日本文明の弱点は言語において現れてゐる。君主も、憲法も、代表的批評家も、言語面において水準が高いとは言ひがたい。民衆は、そこの所を漠然と感じ取ってゐて、ここがわれわれの弱点だなあ、ここが問題だなあと心の底で思つてゐるから、それで何度も何度も日本語ブームが起こるわけなんですね。
出典:丸谷才一「ゴシップ的日本語論」(文芸春秋、2004年5月出版)P.59

いきなりこの部分を読むと「君主」って誰?となりますが、この引用部分までに、ハーバート・P・ビックスの「昭和天皇」や、鳥居民の「昭和二十年」の紹介があります。これら二冊は、ともに昭和天皇の言語教育の失敗を指摘しているそうで。

詳細はなかなか衝撃的なものがありますので引用は控えますが、意訳すると、陛下の言語運用能力がアレで何をおっしゃっているのかさっぱり理解できないのでいい感じに拝察しときます、という状況があったようです。

そのため御前を下がつてから内大臣とか侍従武官長と協議して検討した。協議、検討といふと立派でありますが、はつきり言へば、揣摩臆測して群盲象を撫でるがごとくにいい加減な結論を出したわけであります。たぶん、さうだったらうと思ふ。
出典:同P.46

「たぶん、さうだったらうと思ふ」ということなので、ひとつの説だとは思います。ただ、当時の国のトップのボキャ貧を軍部がいいように利用したのでは?と考えると、脱力しかありません。

日本国憲法は文体が悪いから駄目なのか

もうひとつ、丸谷さんが「現代日本文明の弱点」の言語においての現れであると言う「憲法」については、こんな一節があります。

新憲法は文体が悪いから駄目だといふのが、昔、はやつたでせう。歯切れがよくて何だか立派さうで脅しがきく、それが名文だと思つてゐる人がよくゐるんです。しかし、多少もたもたしてゐようがなんだろうが、やつぱり意味が通じるのがまづ先でありまして、その上で言ひまはしやなんかも気持ちがよけれはもつといい。でも、まづ第一は意味が通じること。この基本条件を抜きにして、明治憲法は文体がよかつた、現行憲法は文体が悪い、だから改憲すべしといふ、あの改憲論はをかしいと思ふんです。
出典:同P.58

日本国憲法が悪文であることは認めつつ、しかしそれを理由に変えてしまおうという改憲論はおかしいと言っています。

いや、思うのですが、英語の草案を日本語に訳すのに数日しかなかったとは言え、改憲派につけ入る余地を与えてしまったのは痛恨のきわみですね。

政治家の日本語については、こんな一節があります。

また、たとへば日本の政治家の表現力の乏しさ。まづ無内容であるし、何を言っているのかよくわからないし、まして技巧がないし、心に届かない。民主主義つてものは、金力によつてでもなく血統によつてでもなく、言葉によつておこなふ政治だといふようなことがよく言はれます。これは民主政治の原則でありますが、もしさうだとすれば、日本ではその言葉による政治つてものがまつたくおこなはれていない。
出典:同 P.64

講演が行われた2003年から20年、状況はさらに悪くなっているようです。いっそ正直に「政治とは金と血統であり日本に民主主義はない」って誰か言ってくれませんかね。

国語に関する世論調査に苦言

さらに「官公庁の文章もひどい」としたうえで、新聞記事の中には、官庁発表の悪文を丸写ししたものが非常に多い、と苦言を呈しています。

ここで批判の矛先が向けられるのが、文化庁の「国語に関する世論調査」。特に「確信犯」の意味を選ばせる調査項目にお怒りです。「そんなことをするなんて確信犯だ」という例文がミスリードだとのこと。

調査の内容は、「確信犯(例文:そんなことをするなんて確信犯だ。)」はどちらの意味かと問うものです。

(ア):政治的・宗教的等の信念に基づいて正しいと信じてなされる行為・犯罪又はその行為を行う人
(イ):悪いことであると分かっていながらなされる行為・犯罪又はその行為を行う人

でも、この例文だったら、「悪いことであると分かっていながらなされる行為・犯罪又はその行為を行う人」という意味にぴったりちゃないですか。何ですか、この例文は!この例文を出した文化庁の役人はまつたく国語調査をする資格がない!
出典:同 P.65

「確信犯」の調査結果については、私も日本語クイズで取り上げていましたので、これを読んだときはひやりとしました。ちなみに、文化庁の例文「そんなことをするなんて確信犯だ」は、特にミスリードだとは思いませんが、あってもなくてもいいようなやる気のない例文だと思います。

「確信犯」の意味とは?使い方や例文をしっかりマスター
「確信犯」の意味がやさしく学べる日本語クイズです。重要語彙「確信犯」の使い方や例文を分かりやすく解説しています。日本語検定、漢字検定(漢検)、日本語能力試験(JLPT)など資格・検定対策の勉強にもおすすめ。

さて、文化庁には丸谷さんの怒りは届かなかったのか、この例文はその後も使われています。丸谷さんが指摘したのは平成14年度(2002年度)の調査ですが、平成27年度(2015年度)の調査でも同じ例文でした。

平成 27 年度「国語に関する世論調査」の結果の概要|文化庁

そして、政治の世界に身を置く人が、言葉の重みを実感する日はくるのでしょうか。「ゴシップ的日本語論」の最後の一節を紹介して終わります。

一国の運命は政治と経済によるだけではなく、言語による所が極めて大きい、あるいは政治と経済を言語が支へてゐる。言語教育は国運を左右し文明を左右する。わたしはさう思つてをります。

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