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梅棹忠雄さんに学ぶ続くブログの秘訣

eyecatch

このブログ、「業務日報」と銘打っておきながら、週一回ぐらいのペースでしか更新していないというのはいかがなもんかということで、改善のヒントを求めて、梅棹忠雄さんの『知的生産の技術』を読んだときのメモをひっぱりだしてきました。

同書9章の「日記と記録」に、人々の日記なるものについての誤った思い込みが日記を続かなくしているという話があり、「おおこれは役に立ちそうだ」ということで、印象に残ったフレーズやキーワードをパソコンの「メモ帳」に打って保存しておいたのですね。

梅棹さんが誤った思い込みとして挙げていたもののひとつに、

 「日記は自分のために書くものだから、技法も形式も要らない」

というものがあります。技法も形式も要らないというと、一見楽なようですが、自由に何でも書いていいとなるとかえってしんどくなるというのが梅棹さんの主張。こんな一節があります。

「技法や形式の研究なしに、意味のある日記がかきつづけられるほどには、「自分」というものは、えらくないのがふつうである」

このフレーズをあらためて読み返してみて、ああなるほどな、と思いました。というのも、たとえば、姉妹ブログの「今日は何の日ダイアリー」、このブログとは違ってこの1年の間、毎日欠かさず続いているのですが、これがまさに形式が決まっている日記の典型なんですね。

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「今日は何の日ダイアリー」は、素材屋小秋のマスコットキャラクター「ピクじろう」が毎日の記念日についてつづる日記で

「×月×日は○○の日だよ」から始まる記念日の概要
 ↓
○○についてピクじろうが調べたことや実践したこと(ここでだいたい何か事件を起こす)を披露する
 ↓
「うっかりしている」「ちゃっかりしている」など一言コメントで締める

という構成になっています。自然にこういう型になったのですが、ここまで決まっていると、膨らませようがないネタのときも、寝ぼけていて頭がまわらないとき(9割がた二日酔い)も何とかなるようですね。

それに対してこのブログは、ある時は身辺雑記をお役立ちネタの導入部分に使ってみたり、またある時は逆にネタから個人的な話に引っ張ってみたりと、形式も何もあったものではない。結果、「書き出しが決まらない」「うまくまとまらない」ということが度々起こり、それが更新がとどこおる原因になっているのではないかという気がしてきました。

いや、じつは、今日のこの記事もなかなか苦戦いたしまいして・・・「今日は何の日」のようにひとつのスタイルを決めるのは難しそうですが、書評はこう、配色についての記事はこう、という具合に、ネタを仕入れたらある程度機械的に書ける形式を早く考えたいと思います。せっかくのネタが古くなっては勿体ないですもんね。

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