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喋る阿呆に聞く阿呆!? 私が体験した80年代徳島の英会話スクールの真実

初めて英語を習ったのは、遡ること数十年前(80年代初頭)、小学校4年か5年の頃のこと。当時住んでいた徳島のとある町に、「アンビック」(後のジオス→現イーオン)という英会話スクールの教室がオープンし、近所の子が通い始めたので、それに倣って。

初めて英語を習ったのは、遡ること数十年前(80年代初頭ですか)、小学校4年か5年の頃のことです。

当時住んでいた徳島のとある町に、「アンビック」(後のジオス→現イーオン)という英会話スクールの教室がオープンし、近所の子が通い始めたので、「私も行きたいなー」と親に言ってみたところ、許可が下りたのでした。

参加したのは、その近所の子と同じ週1回のクラス。他に、同じ小学校の同級生と、上級生の女子が10名くらいいました。

先生はアメリカ留学経験のある日本人女性。しっかりとアイメイクを施し、ピアスをしている大人というのは、当時(1980年頃)、徳島の片田舎ではすごく新鮮で、憧れましたねー。しかも、ちょっと高田みづえさん似の美人さんだったりして。

クラスには、先生が生徒の皆に英語名のニックネームをつけるという習慣がありました。今考えると、なんだか国辱ものの話(汗)ですが、当時はそのシステム自体に違和感はなく。

ただ、自分に割り当てられた「メイ」という名前が、地味で何だかなあと思ったのは憶えています。なんでステファニーとかキャサリンとかエリザベスじゃないんだよと。

当時からこの人を知っていたら、ちょっと嬉しかったかもですが。

入った当初の授業の内容とか、どんな教材を使ったかはさっぱり憶えていません。ただ、1コ上の「エレン」(←リアルジャイ子)に、学校でいきなりヘッドロックされ、「メイ、あんた発音うまいなあ~」と言われフリーズした記憶があることから、まあ何か読み上げたりはしていたのでしょう。

元気にしてるかなあ?

今考えても謎なのは、ピアス先生が病気で辞めてしまい、新しい先生になってから、そのクラスは、中学の英語教科書(懐かしのニュープリンス)を前倒しで学ぶクラスになってしまったことです。

内容は、ほんと中学校の英語の授業みたいなもので、もはや英会話スクールやないやん、ということで同級生が次々辞めていく中、私はタイミングを逃し、最後の二人のうちの一人に。

結局、中学二年頃に、徐々に休みがちになり、フェードアウトしたのですが、何だったんだろうなあ、あれは。せめて、ほぼマンツーマンという贅沢な環境を利用して、先生に色々厚かましく聞いておけばよかったという後悔だけが残ってます。

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