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バンドやろうぜ!な黒歴史とピアノをめぐる母との確執

eyecatch

ギターを弾く女子、略して「ギタ女」についての日経MJの特集をいじる記事を書いていたら、自らの楽器遍歴という名の黒歴史を思い出してしまったので、つらつらと書いてみることにする。

まず、ギターについてだけど、エレキギターを高校生の時に持っていたことがあった。経緯は忘れたが、同じクラスの友達でバンドを組むことになったからだ。

ギターは黒のフライングV。事情を知ったまた別のクラスメイトが、アルフィーの高見沢氏のファンだからという理由だけで購入して所有していたもの(全く弾いてない)を譲ってくれた。

しかし、バンドは程なくして消滅する。アンルイスの「あゝ無常」、BOOWYの「B-Blue」は初心者にはハードルが高すぎた。全員が知ってるからってだけの選曲だったので、誰も思い入れなかったし。

ちなみに私はその頃ANTHEMとかLOUDNESSとかIRON MAIDENとかMOTLEY CRUEが好きだった。まあそれだったら、尚更弾けなかっただろうけども。というか、コードも押さえられないのに、よくギター引き受けたな私。

結局、その活動において得たものは、スタジオからの帰りにアイス食べたりハンバーガー食べたりしたことによる体重の増加だけだった気がする。ギターはベース担当の弟に売った。

しかし懲りない私は、大学に入って軽音サークルに加入する。今にして思えば、そんな暇があったらバイトするか英語でも勉強しとけって感じなんだが、バンドやって弾けなきゃ自分!みたいのがあった。もう阿呆かと。

楽器はコード押さえなくていいから楽だろうという理由でベースを選択。新入部のご祝儀みたいなもんで、先輩が私の好きなハードロック系の曲につきあってくれて、スタジオで練習してるときはまあ楽しかった。

が、学祭などに出てみて気が付いた。人前で演奏するなんて、怖いだけで全く楽しくない。そうだ、私は極度の人見知りだったのだ。早く気づけよ。

その上、お客さん扱いの時期が過ぎると、プリプリとかリンドバーグとか、カラオケで歌えばよろしいがなそんなもん的選曲につき合わされそうになったので、あほらしくなってフェードアウト。ベースは後輩に売った。

意外と難しいんだよな、この曲。

ということでバンドではじけるという野望は砕かれたわけだが、面白いのは、その後もベース買ったりキーボード買ったりして、何とかモノにしようと試みてきたこと。

人前に立つのが好きなわけでなく、練習も嫌いなのに、何でだろう?と考えてみたところ、思い当たる原因がひとつ。子供の頃のピアノの挫折だ。

私の母は、地元短大の音楽科出身で、学生時代から私が生まれるまではピアノの家庭教師をしていたらしい。私は、3歳の頃、そんな母から自宅でピアノを習い始めた。

しかし、曲を憶えた上に、左右の手の指を別々に動かし、指の順番や形にまで気を配るのは私にはとてつもなく難しいことに思えた。結局、黄色のバイエルの160番あたりで苦戦しているうちに、4歳年下の妹にあっさり抜かれてしまい。

それで完全にやる気をなくし、うだうだした末に、母から決断を迫られ、10歳の時に思い切って「やめる」宣言。母には「あんたがやりたいっていったから教えたのに」と冷たく言われた。

いや、3歳の頃の発言に責任を求められてもやねーと思ったが、期待を裏切ったのは事実なので黙っていた。そして母への負い目が生まれた。

思うにこれが、私が30代半ばまで楽器に執着していた理由かなあと。ピアノはやめたけど音楽はやめてないよとアピールしたかったり、母のできない楽器をマスターして見返したかったり、まあ色々な思いが渦巻いてのあれこれだったのかなあという気がしている。

その証拠に、色々あって母は敵だと認定してから、楽器ぐらい何かできなくては!という強迫観念が消えた。

ちなみに、母と近居の妹の娘が、私も使っていた母のピアノに、油性のカラーマジックで盛大に落書きしたと聞いたとき、思わず黒い笑いが漏れたのは内緒。

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